【未分化な健康問題】プライマリ・ケアでの臨床推論

家庭医療理論
この記事では以下について考えながら、プライマリ・ケアにおける臨床推論ついて述べていきます。
・一般的な臨床推論
・プライマリ・ケアで一般的な臨床推論を適応した場合の問題点
・『未分化な健康問題』の意味と対処法

一般的な臨床推論

まずはじめに一般的な臨床推論について振り返ってみます。まず患者さんの訴えを『医学的主訴』に変換して始まり、仮説演繹法的モデル閾値アプローチが用いながら臨床推論がなされていきます。

仮説演繹的モデル

患者の訴えを『医学的主訴(例:腹痛など)』に変換し、症状の中で特にHigh yield Symptom(診断に結びく手がかりとなる症状)を『カードを引くように』選びます。その後、鑑別診断を想起して、病歴聴取、身体診察、検査を行い、診断に迫っていきます。

閾値アプローチ

ある鑑別診断を想定した際に、主訴や既往歴・家族歴・生活歴などから事前確率が設定されます。その後に検査・身体診察をすることで疾患が存在する確率が変化します。『診断閾値』を超えると診断され、『治療閾値』を超えると治療が開始されます。『診断閾値』以上『治療閾値』以下の場合は、検査が継続され、緊急度の高い状態で無いことを除外された上で経過観察されます。一方『診断閾値』を下回ると診断は棄却され、他の鑑別を勘案します。
プライマリ・ケアでもこれらのアプローチで多くの問題が解決できますが、仮説演繹法的モデル/閾値アプローチが難しい訴えがあります。

仮説演繹法的モデル/閾値アプローチが難しい訴え

以下の症例で考えてみましょう。
【症例】Aさん
Aさんは,糖尿病,小脳梗塞(アスピリン内服中),完全房室ブロック(ペースメーカー留置), 認知症(長谷川式認知症スケール16点)の既往がある76歳女性.受診日の朝、デイサービスで血圧の低下(86/57mmHg)と顔色の不良 、活気のなさがあり職員に連れられて受診した。受診時は、Vital signの異常なく、いつもより少し顔が青白い印象であった。本人は『いつもと変わらない』と答えた。身体診察では口腔内乾燥等の脱水所見が見られたがその他はいつもと変わりは無かった。
『いつもと、なにか違う高齢者』というプライマリ・ケアでは頻繁に相談がある症例の一つです。この症例で仮説演繹法的モデル/閾値アプローチを用いる場合は『主訴』を何に設定すればよいでしょうか?最も『血圧低下』というカードを引くとするとこの先には、ショックの鑑別やFever Work upのため身体診察や検査(エコー・採血・心電図検査など)が行われることになります。
【症例】Aさん
採血でも脱水所見に矛盾しない所見があり、Hypo Volemiaに伴う一過性の血圧低下と『診断』し、補液療法を行われ自宅に帰宅した。しかし帰宅後も活気のなさが持続しており、1週間後再度外来を受診した。
また同じような症状で1週間後に受診されました。これもまた、プライマリ・ケアではよく見られる光景です。『問題の本質をとらえられていないような、、』そんな感覚に囚われます。どうして『問題の本質』を捉えられなかったのかのヒントは『プライマリ・ケアにおける臨床問題の特徴』にあります。

プライマリ・ケアにおける臨床問題の特徴

・プライマリ・ケアの臨床問題は『未分化』であること
・未分化な原因は『症状』と『何が問題か』がはっきりしていないこと
・『症状がはっきりしていない』ことに対しては、Red Flagsを除外しながら時間を使うことが大切
・『何が問題かはっきりしていない』ことに対しては、情報や仲間を集めることが大切
プライマリ・ケアで出会う臨床問題の特徴は、一言でいうと『未分化な状態であること』です。『未分化な状態』とは、言い換えると『ぼやっとした、はっきりしない状態』です。どうして『はっきりしない』かについて主に2つの理由があります。
①病気が発症したばっかりで、症状がはっきりしていない
②生物・心理・社会的問題が融合し、何が問題かはっきりしていない
この2つの理由に対して、プライマリ・ケアではどんな問題が生じるのか、また対応策について言及していきます。

症状がはっきりしていない

ほとんどの疾患は、時間経過を追うごとに『症状がはっきり』していきます。例えば肺炎では、発症初期は上気道炎と変わりないような咳嗽・喀痰などの症状が出現します。この時点で肺炎としての症状は、はっきりしていませんが、徐々に肺炎らしい、全身症状や膿性痰・咳嗽が出現します。プライマリ・ケアで持ち込まれる臨床問題はこのように、症状がまだ育っていない状態であることが多いため『症状がはっきり』していません。

症状がまだ育っていない状態での閾値アプローチの困難さ

症状が育ちきらず、はっきりしない状態では、検査前確率が低くなります。そのため、高感度の検査を行っても、ほとんどの疾患が診断閾値・治療閾値に達することが出来ません。

また、育ちきっていない症状では、プライマリ・ケアに存在する一過性の急性疾患(ウイルス感染症など)や原因不明の症候群(胸痛症候群など)と区別が付きません。また、大半が自然治癒していく症状であることも事実であり、必要に応じて『経過観察』することで、多くの不必要な検査を節約できます。
なので、大切なことは、時間を使いながら症状の経過をみて、診断・治療可能な病気か、また自然治癒していく病気かを確認することです。

プライマリ・ケアでの時間の使い方

症状がはっきりしない中で時間を使いながら経過観察する上で大切な点があります。それは、『RedFlags』を確認することです。時間をかけて患者さんを経過観察してよいことの第一条件は、経過観察により患者さんに危険が及ばない(もしくは検査をする危険より、待機する危険が上回らない)です。『RedFlags』を確認し、経過観察できる環境を整えることが大切です。
Red Flagsを確認する作業は、閾値アプローチでの臨床推論とは別のアプローチ、つまり診断するためではなく『除外するためのアプローチ』で、感度が高い所見が無いことを確認します。例えば、関節痛を訴える患者さんに対しての赤血球沈降速度やCRPなどです。特定の膠原病に対しては診断的価値は小さいですが、赤血球沈降速度やCRPの増多がなければ膠原病圏の疾患は無いと想定して経過を観察することが可能となります。
経過観察できる環境を整える際にはプライマリ・ケアで特に事前確率が高い疾患、つまり『高齢者のCommon Problem』と『個人の抱えるリスクに起因する疾患』を鑑別疾患に挙げます。糖尿病などの慢性疾患をベースに持ち、日常的に体調の悪さを感じている高齢者から訴えられる症状のバリエーションは多彩であり『非典型的な訴え方』に注意が必要です。例えば、肺炎の症状は一般的には喀痰・咳嗽などですが、高齢者は「何か体調が悪い」と訴えることも多いです。必要に応じて、高CRP血症・白血球増多など感度の高い所見を確認し、除外をします。
もう一つ経過観察の上で重要な点があります。それは、患者さんや家族に経過観察を受け入れてもらうことです。そのためには、『どこまで分かって,どこまでわからなかったのかを明確にして,今後のRed Flagsと共に患者さん・家族に共有し,共通の理解基盤を形成しながら、フォローアップの計画を立てて継続的に診療していくことを保証する』ことが大切です。適切な暫定診断と対症療法により症状をコントロールすることは、経過観察を受け入れてもらう上でとても重要です。

生物・心理・社会的問題が融合し、何が問題かはっきりしていない

先程のAさんの背景を提示します。
【症例】Aさん
Aさんは、3年前に夫をなくして以来、独居生活をしており、元気のない様子が続いていました。認知症に伴う無気力も伴っており、デイサービス以外では一日中ベッドで座っている生活をしていました。インスリン依存状態の糖尿病を抱えており、血糖コントロールも食欲の波に伴い、高血糖・低血糖を繰り返している状態であった。
プライマリ・ケアでは、この症例のように『いつもと、なにか違う高齢者』の原因となりうる問題が、生物(血糖コントロール)・心理(夫をなくした後の認知症に伴う無気力)・社会(独居)的に融合し、不確実な状態であることが多いため、『はっきり』しません。

不確実な状態での仮説演繹法的モデル

そんな不確実な状態で、仮説演繹法的モデルを使用する場合は注意が必要です。問題がはっきりしないまま、訴えを間違った『医学的主訴』に変換してしまえば、本当の問題から逸れた臨床推論を行ってしまうことになります。先程のAさんの症例では、『血圧低下』を主訴と捉え、仮説演繹法的モデルにより臨床推論を行い、脱水症と診断されましたが、1週間後に同様の症状で来院することになってしまいました。
また、早期に『主訴』を決めてしまうことは、患者さんの態度も変えてしまうことになります。主訴を決めることで医師はClosed Question(いつから?どこが痛い?どのように痛い?など)を繰り返すことになり、患者さんは医師が思いつく問題に関連した質問にのみ答えるようになます。結果、患者さんからは新しい問題が提起されることがなくなってしまいます。早期に『主訴』を決めてしまわずに、『不確実な』状態のまま抱える必要があります。『不確実な』状態のままで抱えながら、情報を集め解像度を高めながら、患者さんにとって正しい問題を提起することが大切です。

プライマリ・ケアでの情報の集め方

何が問題かわからない不確実な状態の中で、情報を集めるために理解すべき点があります。それは、『患者さん自身も情報不足である』ことです。医師は主に、患者さんに関する情報不足で『何が問題かわからない』状態になっています。一方で患者さんは、医学に関する情報不足で『何が問題かわからない』状態になっています。
つまり、『お互いが持っている情報の認識・共有不足』により何が問題かわからない状態となっているため、一緒に何が問題かを探っていく姿勢が求められます。一緒に何が問題なのか探っていく手法として、Donner-Banzhoffらが提案した帰納的採集BATHE法が挙げられます。帰納的採集を通じて同定された『問題』に対して、仮説演繹法的モデルを発動し、臨床推論を行っていきます。
【帰納的採集】家庭医の臨床推論は、ミルクボーイ風?
一般的な臨床推論は、訴えを『医学的主訴』に変換して始まる。しかし、プライマリ・ケア領域では、『医学的主訴』に変換できないことも多い。Donner-Banzhoffらが提唱したinductive foragingによる患者中心のアプローチを紹...
一方で、不確実な状態を理解するための鍵は、『情報不足』だけでは無いかもしれません。Hallらは、不確実な状態の原因を3つに分類しました。
技術的不確実性→医学知識や、予後や治療効果を適切に予測する情報の不足により生じるもの
人的不確実性→医師-患者関係(患者の意思や解釈を理解していないなど)から生じるもの
概念的不確実性→一般的な基準や過去の臨床経験を現実の患者に適応できないことから生じるもの
技術的不確実性は、Evidenceを調べたり、同僚や指導医に相談することで解決することあります。人的不確実性は、患者さんと対話を重ねることで対処していきます。概念的不確実性は対処が難しいですが、現在の状況が『なぜいつもと違うのか』を多職種で話し合うことでヒントが見つかるかもしれません。
これらの評価の上でも解決しようがない不確実性は抱えながら経過を見ることになります。不確実性を抱えることは、医師自身にもストレスがかかります。本当に重症疾患じゃないのか?本人家族は納得しているのか?紹介したほうがいいのか?など考えると、、モヤモヤしてきます。これらのモヤモヤに耐える能力をNegative capabilityと呼びます。
Negative capabilityを高めるコツは『仲間を集めること』です。不確実な状況を同僚やスタッフに共有することで気持ちが楽になります。また患者さんにも『分からない』ことを共有することが大切です。患者さんに『分からない』と打ち明けることはとても抵抗がありますが、分からないのは『未分化な問題』なので仕方が無いのです。『分からない』状況の中を患者さんと共に歩んでいく姿勢が大切です。

プライマリ・ケアでの臨床推論

プライマリ・ケアでの臨床問題の特徴に触れながら一般的な臨床推論の難しさとその対応について述べてきました。重要な点のまとめると、、
・基本的には一般的な臨床推論で解決する
・『はっきりしない問題』に対しては、Red Flagsを確認し事前確率の高い疾患を除外しながら、時間を使い経過観察をする
・その間に情報と仲間を集める
・帰納的採集・不確実性の評価と介入を行いながら『真の問題』を探る
・『はっきりしない問題』であることを患者・家族に説明し、『共通の理解基盤』を形成する

コメント

  1. […] 医学の発達が専門細分化の時代を生み、主要な専門各科が生まれました。研修プログラムや専門医認定試験も発展し、専門医の信望は高まり、『患者が診療科を決めて受診する時代』が到来しました。 高度な医療技術と専門的ケアを入院または専門外来で治療を受けられるようになったとなる一方で、専門分化したことで、医療費が高騰し,専門外来での分断されたケアが行われました。 各専門家による分断されたケアが行われることで、多疾患を持つ人達にとって治療負担は増大し、また『はっきりしない症状』を抱える患者さんはどこを受診していいのかわからなくなりました。 […]

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