患者さんの苦しみを癒すためには-全体性の再獲得-

家庭医療理論

苦しみをどう扱うか

病気になると,患者さんは様々な苦しみを経験する.慢性的な痛みや倦怠感などの症状による苦しみだけではない.アーティストの指先のしびれ,若い女性の性機能喪失,肉体労働者の足腰の痛みなどを想像してみてほしい.これらの病気・症状には,人生の目的を喪失させることにより生まれる苦しみがある.出来なくなったことの連続で,まるで『自分の体が自分のものではない』ような疎外感から自分自身とは何なのかと自問自答し,怒りや悲しみや恐怖などの感情がこみ上げ苦悩する.
このような苦しみをどう扱い,どう癒すことができるのかを考えてみたい. 

癒やしの定義

Wikipedia
心理的な安心感を与えること.またはそれを与える能力を持つ存在の属性.
心理学
より大きくより複雑な全体性へと向かう全人格の進化に奉仕するプロセス.
看護学
自己の身体・心・精神の側面を,内的認識の深いレベルでまとめ,それぞれの側面が同等の重要性と価値を持つ統合と均衡へと導く過程.
各分野において様々な『癒やし』の定義がある.一方で医学においては治療法の進化,Bio medical modelの浸透に伴い医師の役割は「病気の治療者」ではなく「病気を治す人」になった.これらの経過から,『癒やし』に関する関心の低下から、医学においてコンセンサスが欠如しているのが現状である.Thomasら1)の研究を参照しながら癒やしについて考察していく.

Wholeness(全体性)

 

病気を経験することで全体性を喪失する

全体性とは
全体性の『全体』とは『部分』との対比で,使われている言葉で,様々な『部分』の相互関係によって生み出された統一感のことを指す.全体の調和が取れた感覚とも解釈できる.
手先のしびれ・手先の繊細な感覚の喪失を経験したアーティストのことを考えてみる.手先のしびれという『部分』的な問題から,これまで通りの作品を生み出せないのではという不安,自分が自分でないような孤独感,仕事への影響,家族への不安の波及・関係性の変化など,体の中から個人を取り巻く環境まで『全体』的な問題にまで波及し,『全体』のバランスを失う.
病気を経験し『以前はできていたことができなくなる』という能力の喪失は,これまで行ってきたルーチンのバランスを崩壊させる.自身を支えていた,大切な人(家族など)との関係性などが崩れ,孤立する.また『自分の体が自分のものではない』ような疎外感を感じ,自己からも孤立する.

全体性を再獲得することで癒やしを得る

つまり病気は全体性を脅かし,患者を自己や社会から疎外・孤立させ,苦しみを生むのである.この苦しみを癒すためには,喪失した全体性を『再び獲得する』ことが重要である.
先程の手先のしびれを経験したアーティストの例において,全体性を脅かしていた『しびれという症状』と『仕事への影響や家族との関係性の変化』に対して,『しびれをという症状に付き合える』ようになり,且つ『しびれを抱えた自分が家族・仕事仲間などの重要な他者と新たな関係を築ける』ようになった時,新たな平衡状態に達し『全体性を再獲得』することで安堵し,癒やしを得ることとなる.この平衡状態に至る過程に関してはシステム論が参考になる.

癒やしは他者とのつながりで作られる”物語”の中で起こる

では,この『全体性の再獲得』に起因する癒やしは,どのように起こるのだろうか.診察室の中で,何か魔法のような言葉がきっかけで起こるようなものでもない.癒やしは『他者とのつながり』で作られる人生の物語の中で起こる
先程の手先のしびれを経験したアーティストの例においても,しびれにより作品を生み出すことが出来なくなった時に,最初の助けになるのは家族や仕事仲間などの『他者とのつながり』であろう.『他者とのつながり』をきっかけに勇気づけられ,新たな仕事・家族関係に立ち向かえる様になり,症状とも付き合えるようになる.
それでは医療者が癒す者,つまり『ヒーラー』としてどんな援助ができるだろうか.

医療者が”ヒーラー”としてできること

つながりを促進することで癒やしを提供する

先程述べたとおり,癒やしは他者とのつながりで作られる物語の中で起こる.その『つながり』を促進することが大切である.Hammerschlagは「ヒーラーとは,患者同士や周りのものとのつながりを作る手助けをしてくれる人だ」と述べた.必要に応じて『つながり』を促進するための場の提供や,対話への動機付けが求められる.

継続的なケア・個人的なつながりにより癒やしを提供する

病気・症状により,医療者は患者と『つながり』を得る.そして継続的なケアは『つながり』を強化する.スティーブンスは「継続的な治療によって,医師と特別な関係を持つようになる患者がいて,そういう状況下では癒やしが起こりやすくなる」と指摘した.継続することで,患者も医師もお互いを一人の人間として知るようになり,『強いつながり』を感じることがあるという.癒やしの過程において,医師は患者の人生の物語の一部となり,つながっており,この個人的なつながりが「人が感じる孤独感」を軽減するのに役立つ.つまり癒やしの物語は,個人的で,継続的なケアに支えられた医師と患者の密接な関係の中でも作られるのである.
カッセルは「患者自身がその物語を語らない限り,再構成することはできない」と指摘した.一方で,患者の語りを促すためには,つながりを強化が必須である.つながりの強化のためには,医療者自身も弱さを自己開示することが大切であり,適切な自己開示が物語の語りを促す
「一緒になる “ということは,弱さを共有することであり,それによって安全が生まれ,個人的なつながりが育まれる.あなたが無防備になり,オープンになれば,患者もそれが安全だと知っているから,そうするのです」
このように弱さを分かち合うことで,患者は自分の重荷を捨て,傷ついた経験を盛り込んだ新しい人生の物語を作り上げるプロセスを始めることができるであろう.

病気の体験に意味を見出すことで癒やしを提供する

つながりが提供する癒やしについて述べてきたが,当事者自身により促される癒やしもある.それは『自分の苦悩に意味を見出す』ことである.苦しみは,苦しむ必要性を受け入れ,脅威となる出来事病気の体験に意味を見出すことは,患者の苦痛の調整を助け,苦しみを超越することにつながる.この意味を見出す過程が,癒やしと関係している.また苦悩は,精神性の発達に関連している.この精神性の発達が苦悩を乗り越え,家族の困難や相違の和解を促進し,起こっていることを受け入れ,患者が苦しみを超越するのを助ける.
ある末期がん患者が“次の曲がり角が見えない .でも,きっと大丈夫だと思う “と語った.この患者は,がんという苦悩により精神性の発達を経験し,病気の体験に意味を見出すことで,死を受け入れて超越していた.

最後に

医療者が患者の人生の物語の一部となり,「共に経験する」ようになると, 患者はもはや一人で苦しむことはない.アイデンティティを再構築し,目的を改め,人生の物語を修正して意味を受け入れ,苦しみを超越することで,患者は癒やしを経験する. 医師・治療者の役割は,患者との関係を築き,患者が人生の物語を再構築し,苦しみを超越した意味を創造できるように導くことである.

参考文献

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