本稿は全4回からなるMedically Unexplained Symptoms(MUS)つまり、医学的に説明のつかない症状に関するレビューの第2回目です。
- MUSを抱える患者の体験
- MUSを診療する医療者の体験
- MUSへのアプローチ:4つのコンポーネント
- MUSを診療するために何を学ぶべきか?
複数のMUSに関するレビューを参考に構成されています。本稿が、膠着状態になりやすいMUS診療の、次の一歩を踏み出す手助けとなれば幸いです。適宜リンクを作成しているのでご参照ください。
第2回目では、MUS患者を診療する際の医療者側の体験を概説していきます。
MUS患者に対する医療者側の体験
- MUSに関する診察は、医師と患者の両方にとってしばしば不満が残るもので難しい事が多い。[16]
- この[MUS患者に対する医療者側の体験]のセクションでは医療者にとってMUS患者の診療はどのように受け取られているのかを考察する。
医師の治療関係に関するジレンマ
- 医師は治療関係の重要性を認識しており、それが困難であるときでさえその責任を感じている[17]。しかし、医師はしばしば、MUSを持つ患者のケアという課題に圧倒され、そして患者のニーズを満たす能力に自信を持つことができない。医師自身の困難な感情を管理する方法として、一部の医師は患者から自分自身を遠ざけてしまう[18]。そしてお互いに挫折感や無力感を味わう事で、更なる医師患者関係の悪化をきたす。
- また、MUSは一般社会でも医療文化でも高く評価されていない。患者が正当な病気とは何かという問いに直面しているのと同様に、医師も正当な医療の「仕事」は何かという問いに直面している。これらの疾患に固有の不確実性を管理するために、患者と医師の両方が苦労し、しばしば治療結果に悪影響を及ぼす診断を探し続けることになる。このように医師と患者の懸念が互いに影響を及ぼし合い、有害な「悪循環」を生み出す現象はルーピング効果と呼ばれている。[19]
- ルーピング効果の典型的な例としては、「重大な病気を見逃す」ことに対する不安が、誰も発見できない重大な身体の病気を持っているという患者の不安を増幅させてしまう場合が挙げられる。
診察による「身体化」
- このようなジレンマを背景に、医師はMUSを「身体化」し、医療(効果が乏しいと思われる治療や、希少疾患の精査など)を提案する事で医療化してしまう事が多い。では、医師はMUS患者に、このような医療を提案するのだろうか?
- MUSに対するGPの診療を分析した質的研究[20]では医師が医療を提案するかどうかは、患者の病気に対する帰属や治療に対する要求とは無関係であった。一方、明確な身体的対応(薬物、検査、専門医紹介)の提案は、患者が症状を詳しく説明した後に多く、患者が心理社会的困難を示した後には少なかった。また、GPが検査や治療を提案し開始する主な理由は、患者が症状を詳しく説明している診察を終わらせるためであった。そしてGPは、器質的な根拠がないと思われる身体症状について患者と話し合うのは困難で不快だと感じている。GPが医療介入を提供することで、医師と患者の双方のネガティブな感情を減らし、診察を医師がより有能で権威があると感じる領域(すなわち、医療介入)に戻すことができると推測されている。[21]
- この過程により、医師がしばしば提案する反復的な医療評価と介入のプロセスを通じて、患者は実質的に“身体化”されてしまう。
- またこの身体化を促進させる要因として、患者側の要因も関連している。つまり、患者が医師に自分の正当な症状を真剣に受け止めてもらうために努力する中で、患者は物理的な症状の提示を増幅することがある。[22]これにより、心理社会的な手がかりの探求が大幅に欠如しているときに、医師が医療介入を提案する可能性がさらに高まる可能性があるが、この身体化は、問題の直面から遠ざけてしまう。つまり皮肉なことに、MUSの患者は、自分の(非常にリアルな)苦しみを彼らの医師に納得させる立場に自分自身を繰り返し置くことになるが、回復に逆行してしまう。
MUSにおける医師患者関係
- 良好な医師患者関係やコミュニケーションはMUS患者にとって、強力な治療薬である一方で、MUS患者の複雑な背景や医療者のジレンマにより、良好な医師患者関係を築くことは難しい場合もある。この[MUSにおける医師患者関係]のセクションでは、医師患者関係のパターンを紹介し、医師患者関係に大きく影響を与える患者のトラウマについて紹介する。
MUSにおける医師患者関係のパターン「拒否・共謀・権威付与」
- かかりつけ医による症状の説明について約200人の患者の説明が分析した研究[23]では、医師の説明を拒否、共謀、権限付与の3つのタイプに分類した。
拒否- ほとんどの場合は患者の苦しみを否定するものとして分類された。患者が苦しみを伴う症状を経験し、医師がその苦しみを承認する診断を提供できない場合、診察において重大な対立が生じる。その結果、しばしば「エスカレートする敵対的な二重奏」[24]が生じ、患者は将来の症状または継続する症状に関して医師を信頼する可能性が低かった。
- 患者の訴えに迎合する、共謀した説明は対立を引き起こす可能性は低いが、患者は医師の能力に疑問を抱いたり、医師が非常に消極的であるか患者の問題にほとんど関心がないと認識することが多かった。
- MUS患者との良好な医師患者関係の形の一つである。患者に権威を付与し、患者自身が症状を管理することを促すためのエンパワーメントを促す説明には、患者を責める気持ちを取り除き、患者が適切な心身モデルを構築できるようにし、自らの治療により深く関与できるようにするという効果があった。
MUSにおける医師患者関係に関連する要因「患者のトラウマ」
- 良好な医師患者関係を築きにくい背景には、患者要因も存在する。前述した通り、多くの患者は早い子供時代のトラウマを経験している。親子関係と医師と患者の関係には類似点があるため、幼少期のトラウマを抱えたMUS患者の診察の流れを困難にしている。幼少期のトラウマを経験した成人たちは、親や医師に何かが間違っていると何度も伝えようとしたが、拒否され、養育の欠如に遭ったことを思い出している。
- MUS患者は、感情を隠し、医師を信頼せず、苦しみの認識を求めるというパターンが繰り返されることがある。これらの理由から、信頼関係のある治療関係を築き続けることが困難である事が多い[25]。親から虐待された子供の対人関係を敏感に理解することは、このパターンの意図しない繰り返しを避けるのに役立つ。このような状況で信頼を確立し維持するには、苦しみを慎重かつ意図的に検証することが不可欠である。
プライマリケアにおけるMUSの課題
- MUSの有病率は、プライマリ・ケアセッティングにおいて3~20%と推定されている[25]。GPはMUS患者のケアにおいて患者に安心感を与え、カウンセリングを行い、不適切な検査を防ぐ「門番」として重要な役割を担っており、MUS患者をプライマリケアで管理すべきであると認識している。一方で、家庭医および内科医を対象とした調査では、「MUS患者を管理する能力が非常に高い」または「優れている」と回答したのはわずか25%、「これらの患者を管理する満足度が非常に高い」または「優れている」と回答したのはわずか14%であり[26]。多くの医師はこれらの患者を扱うことが困難であると感じている。
- 困難の原因の一つに効果的な管理戦略の欠如がある。GPの大多数は、このような患者には感情的な問題があり、有効な治療法はほとんどないと考えているようである。このように、GPは医学的に説明のつかない症状をもつ患者を管理することは重要な業務の一部であると考えているが、効果的な管理戦略は欠如している。
- A meta-synthesis of qualitative studies
- 総合診療医や家庭医は、医学的に説明できない症状(MUS)を持つ患者の管理において複雑さや不確実性に直面しており、その診断と治療が困難である。
- MUSの管理において、総合診療医は患者の疾患概念、症状経験、説明モデルとの不一致に苦しんでおり、医療的知識、疾患概念、人間関係のレベルでの課題がある。
- 総合診療医がMUS患者の管理において、治療同盟、患者中心性、医師と患者の関係の課題に直面しており、これらの課題を解決する方法を模索している。
まとめ
第1回目は、MUSとは何か?を述べた後に、MUS診療の旅の中における患者側の体験について述べた。
医学的に説明のつかない症状(Medically Unexplained Symptoms)へのアプローチ①:患者の体験
本稿は全4回からなるMedically Unexplained Symptoms(MUS)つまり、医学的に説明のつかない症状に関するレビューの第1回目です。 MUSを抱える患者の体験 MUSを診療する医療者の体験 MUSへのアプローチ:4つ...
第一回に引き続き、第2回目は、MUS診療における医療者の体験について述べた。MUS診療は医師にも陰性感情をもたらすことも多い。陰性感情をもたらす要因としては、診療の中で抱えるジレンマやMUSを抱える患者の背景など多岐にわたる。一方で、MUSへの効果的な対処戦略も乏しく、医師患者関係も難しくなることも多い、徒に症状を「身体化」してしまう。
次回の第3回目は、具体的にどの様なMUSに対して対処戦略があるのか、4つのコンポーネントに基づいて概説していく。
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