本稿は全4回からなるMedically Unexplained Symptoms(MUS)つまり、医学的に説明のつかない症状に関するレビューの第3回目です。
- MUSを抱える患者の体験
- MUSを診療する医療者の体験
- MUSへのアプローチ:4つのコンポーネント
- MUSを診療するために何を学ぶべきか?
複数のMUSに関するレビューを参考に構成されています。本稿が、膠着状態になりやすいMUS診療の、次の一歩を踏み出す手助けとなれば幸いです。適宜リンクを作成しているのでご参照ください。
第3回では、具体的なアプローチ方法を4つのコンポーネントから考察していきます。
- MUSへのアプローチ
- コンポーネント1:MUSの構造を把握する<3つのタイプの問題構造とは>
- コンポーネント2:安定化するアプローチ
- コンポーネント3:「症状」から、より全人的な視点にシフトする
- コンポーネント4:パーソナライズされたケアプランを作成する
- まとめ
MUSへのアプローチ
- MUSの重症度、期間、障害から、MUSを3つのグループのいずれかに分類することができる。
- 急性発症で重症な症状(患者の5%未満)
- 軽症で自己限定的な症状(患者の70~75%)
- 持続性、慢性/再発性、障害性の症状(患者の20~25%)
急性発症で重症な症状
- 急性発症で重症な症状(例:胸痛、突然の意識変化、呼吸困難)は、迅速な診断評価が必要である。特に中等症から重症のMUS患者には、精神科への紹介が必要になる事が多く、最も重篤な患者には、集学的アプローチと二次医療または三次医療の専門家へのアクセスが必要である。
軽症で自己限定的な症状
- MUSの大半を占める筋肉痛・疲労・胃の不調などの軽症で自己限定的なMUSは、生命を脅かすことはめったになく、通常、 症状に応じた治療法に反応することも多い。そのため、対症療法、心理教育、(自己)管理アドバイスなどで、1〜2ヶ月の経過観察を推奨することができる。
持続性、慢性/再発性、障害性の症状
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MUSの約2割の持続性、慢性/再発性、障害性の症状は、最も医師患者間の葛藤を生みやく、診療に何十しうる。以下では、葛藤を生みやすい「持続性、慢性/再発性、障害性」のMUSに関する評価と対処戦略を述べていく。
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これらの持続し慢性的なMUS診療の理想的なゴールは、患者と協働し、症状の意味を作り出す事とされる。[27]症状の意味を作り出し、そして症状の原因を探す旅から「スイッチを入れ替え」症状を抱えながらWell-beingを高める旅にシフトする事である。
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このゴールに向け、クロエンケは3段階のMUSのケアアプローチを提唱した。このアプローチや他の文献[28][29]を参考しながら、著者が参考文献のエッセンスを抽出・統合した、以下の4つのコンポーネントを概説する。
コンポーネント1:MUSの構造を把握する<3つのタイプの問題構造とは>
- 最初のコンポーネントは、MUSの構造を評価するとした。これは、「疾患」を管理するのではなく、問題の「構造」を管理するという視点へのシフトを含んでいる。
- MUSには3つの明確なタイプがあり[30]、それぞれ異なる症状を呈し、異なる管理アプローチが必要である。これらのカテゴリーは重複することがあるが、それぞれを個別に考慮することは、診察がどのように行われるかに深く影響を与える。
1.Elusive illness(逃げる病気):重要な生物医学的診断が「すぐそこまで来ている」ように見える
- 逃げる病気では、症状が診断の存在を示唆しているように見えるが、現時点では特定できない。これらの診療は、フラストレーションと「何かを見落とす」恐怖で特徴付けられ、過剰な検査・治療を駆り立てる。この恐怖の背景には不確実性が関連しているため「不確実性の管理/害の最小化」が重要なアプローチとなる。
- この不確実性の管理にも関連するが、抱えている不確実性に起因するフラストレーションを受けとめる<支持的環境・継続性のある治療環境を提供する>ことも重要となる。
2.Contested illnesses(争われる病気):すべての診察が戦場になる瞬間
- 争われる病気では、患者が特定の診断にこだわっているが、医者が同意しないときに発生する。これらの診察は、”対立”が特徴である。患者は自分が「認可」してほしい診断、「戦って得るべき病気」を持って来る。[31]一般的な例としては、線維筋痛症などの希少な疾患がある。
- この争われる病気の背景には、MUS患者にスティグマが関連している事が多い。診断がなければ、病人としての社会的正統性を欠くことになるため、多くの患者は、自分の苦しみの理由をネットで探し、特定の診断を求めて医師のもとを訪れる。このような患者は「病気であることの許可」を得るために、多大な労力、時間、エネルギーを費やしている。これは微妙なバランスであり、正当な支援を求めることができるように、自分の無力さを示す説得力のある証拠を提供しなければならない一方で、自分の尊厳と自己価値を保つことができるように、受動的で無能であるとみなされないようにしなければならない。そのため、身体的には苦痛を感じているが、情緒的には安定しているように見せようとするあまり、複雑なメッセージを伝えることもある。
- これらの複雑な治療関係を維持するためには特に<MUSの正当性を承認し検証する>中で、本人も納得できる<病気を説明するフレームワークを作成する>事が重要となる。また争われる病気は、医者と患者が共通の理解基盤を定義できるときに最もよく管理されるため、これらのアプローチの中で治療関係を築き、発展させ<支持的環境・継続性のある治療環境を提供する>ことも重要である。
3.Chaotic illnesses(混沌とした病気):問題が「底なしの深淵にまで降りていく」場所
- 混沌とした病気は、「過剰に説明された」症状があり、問題が多く、一つを管理すると別の問題が露呈する。これらの診察は、医師と患者の絶望と希望のなさで特徴づけられる。
- 混沌とした病気の患者は、「治療するには医学的にも社会的にも複雑すぎる」問題を抱えている。診察は渦巻きのように感じられ、苦しみの螺旋に簡単に巻き込まれ、解決策がない状態になることは容易である。
- これらの患者の多くは、幼少期のトラウマの被害者であり、複雑な社会的ニーズを持っている。トラウマは治療関係を複雑にする。これらの患者は、信頼を築くことが難しく、良好な対人関係を確立し続けることが難しいと感じることがよくある。[32]
- これらの複雑なニーズや不安定な医師患者関係に圧倒され、過剰な検査や治療に駆り立てられる。混沌とした診察を管理する戦略には、<不確実性を管理>しながら、害の最小化のために定期的な臨床ケアのレビューを行いながら、状況に応じた<ケアの調整>を行い、なんとか<治療関係を維持>していく戦略をとる。また、幼少期のトラウマが関連していることも多く<精神症状への評価と介入>も重要である。
コンポーネント2:安定化するアプローチ
1.不確実性の管理/害の最小化
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患者は、「何も病気がない」を言われても、診断できなかった疾患が見落とされているかもしれないという不確実性を抱えており、病気を探す旅を辞める過程に、いつ生活への甚大な影響を及ぼす病気や症状が出現するかどうかかと、不安を感じている。
そうだ、「何も見つからない」と言われたんだ。だったら、そう信じるしかない。それだけを信じなければならない。身体は健康だと言われる。90パーセントはそう思っている。そして、10パーセントは残ったまま……誰も私からそれを取り上げることはできないのです。だから……そこに置いておくんです。医療の中には、私たちがまだ解明していない部分があるかもしれません。
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プライマリ・ケアを受診する患者の少なくとも5%が「まれな病気」を持っており[33]、多くの人々は症状が検出または特性づけが難しい初期段階で発症するため、私たちはしばしば診断することができない重大な病気を持つ患者を見る立場にある。また、「病気を除外する」こともできない。ほぼすべての症状が自己免疫疾患の前駆症状または検出不可能な初期の癌を予兆する可能性がある。これらの、まれな病気や発症初期の病気は診断が難しく時間がかかるということを医師・患者ともに認識し、症状の変化や可能な診断の出現を定期的に監視しながら経過観察をすることで、無益な紹介と再紹介のサイクルを防ぐことが重要である。
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経過観察するためには、暫定的な診断を要する場合が多い。現時点での暫定的な診断をつけ、定期的なフォローアップで新しい診断がないかを常にチェックし、フォローアップ計画を患者と共有する。これらのフォローアップ計画は、提示される症状の連鎖にだけ焦点を当てるのを避けるのに役立つ。
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一方で明確な診断仮説がない場合は、高価な検査や有害な可能性のある検査を行う前に、紹介を検討する事も重要である。例えば希少な遺伝性疾患は、各専門医が、それぞれの専門分野で慣れ親しんだパターン認識に基づいて診断できる場合がある。
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上記の戦略を通じて不確実性を患者と共有しながら、「〇〇となったら問題かもしれない」というRed Flagsを立てながら継続性のあるを持って経過を観察する必要があるだろう。
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ジレンマ・不確実性を率直に話し合い、「身体化」を思いとどまる
- 前述のとおり、MUS患者が語る複雑で感情的な話は、医師の医学的評価や介入を勧めやすくする。複雑で非常に感情的な訴えに直面すれば、医療提供者なら誰でも不快に感じるのは理解でき、医療評価や介入を提案することは、苦しんでいる患者に何かを提供しようとする思いやりのある試みと見なされかねない
- つまり、MUS患者を治療する医師は、静観を勧める必要性よりも、何かをする必要性の方が高いと認識されることによって引き起こされる「行動バイアス」の影響を受けやすい。とはいえ、医師が患者中心のケアに全力を尽くすと同時に、明らかに適応がある場合にのみ医学的評価や介入を提案するという高い閾値を維持する専門的基準を維持することは極めて重要である。
- 患者を手ぶらで帰宅させることに伴う罪悪感を少しでも和らげるために、医師が、患者の苦痛を和らげるために何かを提供したいという純粋な願いと、医学的評価や介入は適応外であるという専門的判断とのジレンマについて、患者と率直に話し合う必要がある。その上で、MUSに直面しても不快感を最小限に抑え、 機能を向上させることができるよう、患者に合わせた行動計画を立てる手助けをすることで、潜在的な罪悪感をさらに軽減することができる。
2.支持的環境・継続性のある治療関係を提供・維持する
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MUSの診療は患者にとって馴染みのない道筋、つまり診断→治療ではなく、診断が不明瞭であるという不確実性に耐えるという道筋を通るので混乱を伴う。この混乱を安定化させ、リカバリーへの道筋を照らすのが支持的な環境である。支持的で安心な治療環境は、患者が自分の症状(の背景)について話せるような環境を作り出す。
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継続的で温かい医師と患者の関係は、患者の病気を認識し、患者とその症状を真摯に受け止め、患者の生活背景やMUSの存在に関連する問題に共感と関心を示すことで強化される。オープンで共感的、積極的な姿勢で症状やその管理をサポートすることで、持続可能で対等な関係を築くことができる。
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この、医師患者関係は、患者が診断の”旅”を締めくくり、「スイッチを切り替える」支えを提供する。一人の人間として共感を持って接し、信頼できるGPに話を聞いてもらえ、励まし、信じてもらえたと感じた経験が支持的環境となり、前へ進む一歩つまり、症状と折り合いをつけ、受け入れるという困難な作業の助けとなるだろう。
以前の開業医は、ここで何をしているの?“と思っているような気がしました。そして新しいGPは、私の話に耳を傾け、一緒に考えてくれる人です。このような支持的環境の中で、痛みを受け入れ、新しい生活に適応し、新しいアイデンティティの構築に取り組んでいる。私の痛みに対して、痛みのきっかけになるトリガーを避ける手段を私に教え、対処する方法を教えてくれました。だから、私はただそれ(痛み)と共に生き、教えられたことをしなければならないのです。
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これらの支持的環境を提供できるGP-患者関係を確立するためには、継続性のある治療関係が必要であり、患者も慢性的な症状と苦痛の両方に対処するための管理計画を作成し、合意するために医師と協力することが重要である。
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一方で、治療環境を維持するためには、医師患者間の境界を維持する必要がある。医師患者間の境界を維持するためには、自分の守備範囲を明確にする事が重要である。治療的関係を保つために、自分の専門分野の範囲内でサポートを提供し、専門家に紹介する覚悟を持つ。患者が自分の専門外の選択肢を探っているときは、守備範囲外であることを伝え、継続的な治療関係を維持しながら専門家へ紹介をする提案する。また抱えすぎないことも重要である。治療関係に問題が生じた場合は、他の医師とケアを分担することが役に立つこともある。
3.MUSの正当性を承認し、検証する(Values and validation)
- MUS患者を効果的に治療するための鍵は、患者が自分の症状を体験する正当性を認めることである。病気の主観的な経験を肯定し、患者が自分の病気を管理するために最善を尽くしていることを認める。そのうえで、害の最小化のために、現時点では、医学界には患者が提案している診断、調査、治療を正当化する十分な証拠が蓄積されていないことを伝え、不確実性が苛立たしいことを共有したうえで、検証を進めていく。
- 患者の症状が現実のものであることを安心することで、患者が理解されていると感じる。患者の経験を無批判に受け入れることで、患者は自分の症状の妥当性を提供者に納得させる傾向を放棄し、MUSを説明する合理的な説明を共同で作成するための基盤となる。
- また、MUS患者は、医師が心理社会的要因が症状の唯一の源であると決めつけない治療者であると信頼しているとき、彼らの病気の経験に心理社会的要因の寄与を認識することがよくある。[34]
4.病気を説明するフレームワーク作成する(暫定診断・説明モデル)
- 何が症状を引き起こしているのかについて、患者の信念や懸念と今後のケアの方向性を結びつける、的を絞った具体的な説明を含むフレームワークを提供する必要がある。そして、このフレームワークには、症状の構造化された探求の間に得られた情報は、この説明に組み込まれるべきである。患者は「理にかなった説明で、自身を責める気持ちを取り除き、症状の対処法についての考えを生み出す」ことから利益を得る。また患者と共同で作成した説明は、患者に受け入れられる可能性が最も高い。また、このフレームワークは、患者のコミュニティにおける相互作用や時間とともに変化する、高度に個別化されたものである。
- これらのフレームワークは継続的な治療関係の中で医師と患者が協力しながら作成していくものであり、まずは暫定的な診断や説明モデルを提供することが安定化に寄与する。
診断がもたらすもの
- 診断は、管理を指導するためのツールだけでなく、医療の一部として患者より期待される。診断がなければ、病気を説明するストーリーがなく、困惑する症状を理解する方法がなくなってしまう。また、友人、家族、職場の同僚に障害を説明する方法もなくなってしまう。診断がなければ予後が予測できず、健康と障害のサービスや同等のサポートを得ることもできず、患者は永遠に不確実性と生活することとなる 。診断は、苦しみを「正当化」し、疾患を合法的で社会的に受け入れられるものとする。
- 医師にとっても診断は重要である。診断がなければ、ガイドラインやエビデンスに基づいた治療法がなく、診断がつかない苦しみに対してしばしば無力感を感じ、医師と患者はお互いに不安、怒り、フラストレーションの感情を持つことになる
- 適切な「診断」は経過観察をしていくうえで重要となる。診断は、病気を説明するためのストーリーや症状を理解する枠組みを生み出すことが出来る。ICD-10とDSM-5には、MUSを持つ患者に適した診断がいくつかある。
MUSにつけられうる「診断」
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ICD-10では、機能的症候群(つまり、線維筋痛症、過敏性腸症候群、慢性疲労症候群など)として一般的に診断される。機能的症候群の症状の間にはかなりの重複があり、具体例な病名は、患者の症状よりも診断医の専門性に依存することがよくある。例えば、リウマチ専門医はしばしば患者を線維筋痛症と診断し、一方で胃腸専門医は同じ患者を過敏性腸症候群と診断される事が多い。
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DSM-5を主に使用する精神科医は、MUSを身体化障害および関連障害として診断する事が多い。
身体症状障害 一つ以上の持続的で障害となる身体症状と、症状に関連する不適応な思考・感情・行動 病気不安障害 少なくとも6ヶ月間、深刻な病状(重篤な症状がない)いついて継続的に心配し、健康に関する過度の行動を取る 機能性精神障害 自発的な運動機能または感覚機能の変化おt、心理学的所見の陰性 他の病状に影響を及ぼす心理的要因 医学的な症状や状態に悪影響を及ぼす心理的または行動的要因・症状または状態 -
しかし、MUSに対して、容易に診断名をつけると、その不確実性が増大する可能性がある。具体的には、特定の診断ラベルを急いでつけることで、実際の症状や患者の体験が適切に認識されず、考慮されない可能性がある。したがって、安易に特定のラベルをつけないようにしながらも、症状を説明する、何かしらの「説明モデル」を提供する必要がある。
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これらの診断は、医学の分類に当てはめてしまうため、患者が感じる主観性を無視してしまうという問題があり、複雑さと不確実性を伴う医療の実践と互換性がないと指摘されている。また、医学がすべてを説明でき、また説明すべきであるという考え方は、医者中心の視点を示している。そのため、MUSの説明には、「生物心理社会」モデルに基づく新たなパラダイム(病気の生物学的、社会的、心理的モデルを広く認識し、医学の実践に複雑さと不確実性を取り入れる)が求められている。
MUSを説明する機械的なメタファーや「説明モデル」を用いる
- 患者が原因不明の症状を説明するとき、その説明の最も顕著な特徴は、自分の症状は現実のものであり、したがって「何かが原因であるに違いない」という確信である。この確信を、患者は自分の症状を比喩を使って理解している事が多い。たとえば、体の閉塞感や圧迫感の根底には配管のメタファーがあり、一方、体のエネルギーが不足しているとか、体の一部が摩耗しているという信念には、機械としての体のメタファーが使われている。これらの物理的な説明は、、非難の意識を取り除き、複雑な生物学的・心理社会的障害を理解するためのメタファーを提供する。また、医師と患者の連携を強化し、他の、おそらくはより心理社会的な問題を安全に探求するための土台を提供する。
- 患者は、これらのメタファーを持っていなくても、症状の理解に貢献する「説明の断片」をいくつか持っていることがある。この「説明の断片」は、生物医学的、精神医学的、心理社会的要素を含む異なる視点を反映している。これらの「説明の断片」を織り合わせ、患者と医師が共有し、受け入れることができる問題の共有理解を作り出すことである。これはより良い臨床結果につながる。共通理解の上で、「とりあえずやってみる」説明を作り出し、その後より満足のいく診断が時間を経て現れることを受け入れる。これは、すべての関係者にとって困難で frustrating な作業となることがある。
これらの「暫定的な」説明に有用な「説明モデル」がいくつかある。
説明モデル例1:認知プロセスの調節不良モデル
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- ブラウンは認知研究を背景に、人々がどのように注意を払うかが日常の経験を生み出し、思考と行動を導く方法を説明した。
- ブラウンのモデルでは、症状が生じるメカニズムは実行機能障害という概念を通して説明される。 つまり、他の認知過程を調節、制御、管理する認知過程である実行機能の障害から生じると仮定している。 これらの実行機能には、活性化、集中、努力、情動、記憶、行動が含まれる。
- 症状の経験の記憶の慢性的な活動が現在の知覚刺激に影響を及ぼし、調節不調を起こす事で、症状を変化・増悪させる。したがって、ブラウンの統合モデルは、MUSの患者が既知の物理的原因が無いにもかかわらず大きな不快感と障害を経験する方法についてのメカニズム的な説明を提供するため、注目に値する。別の言い方をすれば、MUSは生理的異常よりも認知プロセスの調節不良から生じる可能性が高い。いくつかの最近の研究は、このモデルを裏付けるさらなる経験的な支持を提供するために、様々な現代的な実験パラダイムを使用している
説明モデル例2:「フィルターモデル」
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- RiefとBroadbentは、身体の信号(つまり、感覚/症状)が意識的に知覚される前に、無意識のフィルターシステムを通過するとし、このフィルターの不具合がMUSを生じさせうる。
- 身体の信号の強度の増加は、高いストレス、慢性的な視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の活性化、身体的な非条件化、フィルターシステムの感作、他人の影響などの条件下で生じることがある。
- 信号強度の減少は、選択的な注意、感染、健康不安、鬱病、気晴らしの欠如、他人の影響などの条件下で生じうる。
- 体の信号→知覚される痛みへの変換は、期待、トラウマ、神経可塑性などの要因の結果として強化されることがある。
- RiefとBroadbentは、身体の信号(つまり、感覚/症状)が意識的に知覚される前に、無意識のフィルターシステムを通過するとし、このフィルターの不具合がMUSを生じさせうる。
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「症状診断」を用いる
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MUSの代わりに「症状診断」を用いることが、患者の視点を理解し、診断のプロセスを進める上で優れた方法であると提案されている。「症状診断」は、疾患のラベルを付けることが適切でない場合に、病名や特定の疾患を診断するのではなく、患者が提示する症状自体を診断として扱う方法である。このアプローチは、問題が解決するまでの医療の過程を正確に記録し、症状が進行するにつれて診断が明確化する様子を捉えることが可能になるため、問題が未文化である家庭医療の現場で有効であり、病状の初期段階で診断の確定が難しい場合に広く活用されている。[35]
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具体的な例を挙げると、たとえば患者が「胃痛」を訴えた際に、初期の診察段階では具体的な病名をつけることが難しい場合がある。このような状況では、「胃痛」そのものを診断として扱うことができる。この方法を用いることで、診断の精度が向上し、不必要な不安を引き起こす不確かな病名をつけることを避けることができる。さらに、この症状診断をもとに、適切な対症療法を行ったり、必要な追加調査を計画したりすることが可能となる。
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症状診断はまた、患者が医師に訴える症状をそのまま反映するため、患者の要求に対するケアにも役立つ。症状診断は、患者が最初に提示した症状(たとえば「咳」)に基づいてよく行われ、それをそのまま記録することで、患者が不確かな診断によって早まってまたは誤ってラベルを付けられることを防ぎ、不必要な不安や不適切な介入を防ぐことができる。
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近年はこの「症状診断」を活用するために、「症状の自然史」の研究も進められている。[36]
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したがって、「症状診断」のアプローチは、特に診断が確定するまでの初期段階で、医学的に説明できない症状(MUS)に対応する一つの有効な方法であると言える。
5.精神症状への評価と介入
- 精神症状が必ずしもMUSの根本原因とは限らないが、 MUSとの合併率が高いことから、精神症状を評価することは重要である。MUS患者の約50~75%がうつ病性障害、40~50%が不安障害を経験している。プライマリケア提供者はPHQ等を用いてうつ病性障害や不安障害のスクリーニングを行うことができる。
- 様々な有効な精神療法や薬物療法は、患者のうつ病や不安症状への対処を助け、ひいては身体症状に伴う機能障害を緩和するのに役立つ。精神症状が大きく関与している症状であれば、自身の診療しているセッティングや診療経験を鑑みて紹介を検討する。
- メンタルヘルスの治療を勧める場合は、MUSが純粋に心因性のものであることをほのめかすことなく、なぜそのような治療がMUSの治療に役立つのかを示すよう注意しなければならない。そして紹介をする際には、継続性を強調する事が重要である。つまり「一時的に精神症状の評価・治療の旅に出るだけで、ひと段落したら帰ってきて、続きに取り組みましょう」という姿勢が重要となる。具体的にどのような症状について相談するべきかを患者としっかり話し合い、合意のもとで紹介する。
- 心理療法はMUSの効果的な治療法である。特に認知行動療法の原則に基づく介入が最も強力な証拠を持っている。[37]
- 認知行動療法では、自己モニタリングやマインドフルネスのような技術が患者が体感と感情認識を高めるのを助け、患者はまた、過度で悲観的な解釈をより客観的な解釈で置き換えることを学ぶ。
- これらの介入は、患者がリラクゼーション技術、 activity regulation strategies、体感と感情の認識、自己と世界の適応的な解釈の増加、対人コミュニケーション戦略を学ぶことで、全体的なストレスの軽減だけでなく、MUSへの過度の没頭も軽減する。5
- リラクゼーション技術は、横隔膜の呼吸、筋肉の逐次リラクゼーション、視覚化のエクササイズなどを含む
- activity regulation strategiesは、ポジティブな行動(活動や休息など)をルーチンに埋めこむことで、生活上のストレスへの不適応な行動反応(つまり、撤退と回避)を、適応的な行動反応(つまり、接近と問題解決)で置き換えることを目的とする
normalizationを用いる
- 医学的に説明のつかない症状を持つ患者の診察において、医師が行う最も一般的な対応のひとつは、症状をnormalization(正当化)[38]しようとすることである。このnormalization戦略にが最も頻繁に使用されるのは、患者の懸念を打ち消したり、拒否したりすることである。多くの場合、検査結果が陰性であった場合、何も問題がないことの確認として使用され、症状の原因についてはほとんど、あるいはまったく説明されない。このような診察の結果、最も可能性が高いのは、処方箋、紹介状、さらなる調査など、何らかの身体的措置がとられることである。身体的なメカニズムを用いて説明を試みる医師もいるが、患者の懸念と結びつかないことがあり、この場合もまた、さらなる調査や治療という結果になる可能性が高い。
- normalization戦略において最も重要なことは、患者を悩ませていること、懸念していることを突き止めることである。これらを認識した上でないと、安心感を与えることはできない。患者の経験を否定したり、無効にしたりすることなく、患者の懸念に対処する説明は、このような困難で複雑な問題を抱える人々にとって、最も助けになる可能性が高い。具体的には、患者の心理社会的背景、トラウマ、そして患者を悩ませる要因・生活への影響、そして懸念を理解した上でnormalization戦略を用いるとより効果的であると言える。
トラウマを扱う
- 人生は圧倒され、しばしば孤独であること、患者が困難な人生を生き抜いてきたことを認める。小児期のトラウマの問題について尋ね、認識し、共感し、患者に支援を求めるよう勧め、小児期のトラウマが神経系を「アップレギュレート」し、脳の構造と機能を変化させるため、痛みを含む多くの身体症状が成人後に悪化することを説明する。その上で、単純な解決策はないことは理解しているが、できることは提供することを説明する。彼らのトラウマ歴を理解することで、対処が難しい難治性の問題に対処し、自分自身の無力感を管理することができる。
6.ケアの調整を行う
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検査の重複や医療による障害(副作用・治療負担など)を避けるためのケア調整を行う。主治医として患者の”旅”をリードし、情報を集約しながら伴奏し、時に代弁することで専門医間のコミュニケーションを最適化し、ケアの断片化を防ぐことができる。また可能な限り、老年科医や総合内科医のような 「ジェネラリストの専門家 」を選び、管理すべき治療関係の数を最小限にすることで、ケアに関わる医師をできるだけ少なくし、少人数のチームで負担を分散する。 その上で他の医療専門家(診療看護師を含む)や関係機関を適切に関与を促す。
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MUS患者もこれらのケアの調整をGPが担うことを高く評価している。[39]すべての情報は最終的にGPに行き着くため、GPは診断の軌道を調整する上で主導的な役割を果たすことが望ましいと感じていた。あるGPは紹介前に患者と一緒に作成した明確な計画によって主治医として紹介状を作成して専門医に紹介し、専門医との診察後、積極的に患者に再診を依頼した。このようなGPの積極的な役割と共有された意思決定は、患者に自分が真剣に受け止められていると感じさせると同時に、ある程度のコントロールを維持することができ、ポジティブなものとして経験された。
「みんな自分の専門のことだけを考えている。でも、私はどの診断にも当てはまらないかもしれないということを事前に、あるいは途中のどこかで話し合っていれば、もっと早くその輪が閉じられたと思うんです。」
7.広範な生物心理社会的調査と診察技術(どの構造にも共通)
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MUS患者における症状の検討は、1 症状がいつ、どこで出現し たのか(症状の背景)、2 どのようなMUSの潜在的 原因が存在するのか、3 患者の考え、懸念、期 待、4 患者の疾病行動(例えば、身体活動の回避、 症状の無視)、5 患者の生活や社会環境に対する 症状の影響に焦点を当てるべきである。
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これらの心理社会的調査には、特定の診療技術・構造を学ぶ必要がある。具体的には、PCCMやインナーコンサルテーションなどの診察モデルを用いることが有効である。
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求められる診察技術には1 構造化された症状の探求、2 患者の話に含まれる手がかりやヒント(つまり、症状の心理社会的背景)に注意を払うこと、3 診察で話し合われたトピックを含む要約を提供すること、4 医師と患者のコミュニケーションが含まれる。これらの診察技術自体が患者中心のケアにおける強力な治療剤である。
8.症状を管理する(どの構造にも共通)
- どのMUSの構造に対しても、共通して重要なアプローチである。MUSの初期段階では、生理学的手段による症状の緩和に重点を置くべきであり、例えば痛みに対しては鎮痛薬、頻脈に対してはβ遮断薬を処方する。GPは、自己管理戦略やセルフケアについて患者に アドバイスすることができる。
- 症状があるにもかかわらず、できる限り通常の日常生活を続ける(または日常生活に戻る)よう患者を支援したり、楽しい活動や運動を計画したり、規則正しい睡眠パターンを維持したり、健康的な食生活を送ったり、リラクゼーションエクササイズを実践したりすることを勧めたりする。症状の緩和と障害に対処するための実際的な支援(ホームヘルプ、職場評価など)を提供し、理学療法(マッサージ、理学療法など)を奨励する。また、併存疾患をできるだけ効果的に管理する。
- これらの支援を通じて、症状の自己管理を促すことも重要である。最近のメタ分析では、MUSの自己管理が症状の重症度の有意な減少と生活の質の向上と関連していることが示された。[40] この結果に基づき、現行のガイドラインではGPに対して、活動的な行動を奨励し、患者がすぐに適用できる実践的で前向きなアドバイスを提供することが推奨されている。[41]
コンポーネント3:「症状」から、より全人的な視点にシフトする
- 診断と治療法を見つけるためにさなる”旅”を続け、努力を続ける患者もいたが、症状の説明不可能性を認め、”旅”をやめ、症状にできる限り対処することに「スイッチを切り替える」ように焦点を移す患者もいる。慢性的に持続する症状を抱える患者の「スイッチを切り替える」作業を支える際には、症状や診断の焦点を、biomedicalモデル的な考え方からより全人的なな理解に向ける支援を要する。この症状や診断の焦点を、よりホリスティックな理解に向ける技術はreattributionと呼ばれている。
Reattributionを用いる
- Reattributionは、患者が理解されていると感じ、身体的な症状だけでなく、より広い範囲に話題を広げ、症状と心理社会的な問題を関連付け、合意された管理計画を策定することに重点を置くテクニックである。[42]
- Reattributionには、4つの段階がある
- 理解されたと感じる:第1段階は、GPが患者の症状について詳しい病歴を聴取し、発症の経緯について話を聞き、重点的に身体検査を行うことである。
- アジェンダを広げる:第2段階では、身体検査の結果を含む情報を患者にフィードバックし、症状による心配や懸念を認める。医師はまた、心理社会的苦痛に関する手がかりを拾い上げ、それを認めるべきである。
- つながりを作る:第3段階では、患者の症状を適切な心理社会的問題と関連づけ、信頼できる病因論的メカニズムを提供する。
- 治療の交渉:最後に、医師は可能な治療や管理の選択肢について患者と話し合い、交渉する。
- Reattributionは医師と患者のコミュニケーションを改善するが、最近の臨床試験から得られたエビデンスによると、患者の転帰に対する効果は限定的である。これは、患者が、医師が心理社会的問題に焦点を当てると身体症状の現実を無視するのではないかと恐れているためでもあり、また、同情的なGPでさえ、日常臨床でReattributionを効果的に実施するには多くの障壁があるためでもある。
症状とIllnessを結びつける
- MUS患者は医師の関与と支援を求めていることが明らかである[43] 。その中で、MUS患者へのコミットメントを示す最も強力な方法のひとつは、身体症状や精神症状を過去の経験、医学、患者の文化的信条と結び付ける、まとまりのある病気のナラティブ(illness narratives)の作成を促進することである44。 患者の医学的・心理社会的症状が複雑であることを考慮すると、すべての「ピースがどのように組み合わさっているのか」を患者が理解できるように手助けすることが重要である。
- この手助けにより、患者の症状に対する説明の可能性の幅を広げ、患者の複雑で、しばしば洗練された意味のネットワークを考慮することを保証しながら、症状に意味も持たせられるように試みる。
- 患者の経験と科学的な医学知識を組み合わせたこのような丁寧な説明は、生活習慣の改善、リラクゼーション、ストレス管理などの自己管理戦略を患者に受け入れさせるだけでなく、症状の受容と寛容を促進することができる。
- MUS患者がillness narrativesを発展させるのを助ける半構造化されたアプローチの一つは、McGill Illness Narrative Interviewである[45]
- McGill Illness Narrative Interview
- これは、患者が以下の3つの主要なテーマについて詳述するのを助ける
- *チェーンコンプレックス:*過去の経験と現在の症状を時間的につなげるが、原因と結果の因果関係を追求しない(例えば、「私の虐待する父が私が十代の時に亡くなり、私はこれらのひどい胃の痛みを始めました」)。
- プロトタイプを認識する。 :患者の症状に影響を与え、比較対象となる自分自身の過去の経験または他人の類似の経験を指す。これらのプロトタイプは、患者が詳述するための基礎的なエピソードを提供する(例えば、「私の母もいつも疲れていましたが、彼女の痛みは私のように全身に広がらなかった」)。
- 説明モデルを把握する:患者自身の症状の原因と結果に関する解釈を把握する。(例えば、「私は何かについてストレスを感じて眠っているときに顎を締めるので、朝にひどい頭痛を起こします」)。
- これは、患者が以下の3つの主要なテーマについて詳述するのを助ける
- McGill Illness Narrative Interview
- これらのフレームワークを使用すると、患者が自分の病気体験に寄与すると信じるさまざまな心理的、社会的、生物学的要因を明確にし、生理的および心理的プロセスとどのように相互作用するかを明らかにするのに役立つ。illness narrativesを共創することは、患者と医師の治療的関係の構築に役立ち、MUSの説明がないことに関連する苦痛を緩和するのに役立つ。
機能・ルーチンに焦点を当てる
- 症状の心理的機能という意味ではなく、むしろ症状から生じる機能的障害や障害という意味で、機能に焦点を当てることが有益である。
- 『この症状によって何ができなくなるのですか』『これを克服するためにはどうしたらよいのですか』など、症状の影響を、常に解決できるわけではないにしても、軽減するための患者中心の戦略の出現を促す実践的な質問である。
- これらの質問を通じて、治療目標は症状の全面的な寛解から、症状の軽減と機能の向上へとシフトさせることができるかもしれない。
コンポーネント4:パーソナライズされたケアプランを作成する
- MUSを抱える患者は前述のとおり、スティグマを経験していることが多く、まずは患者のMUSを実際に存在するものと承認し、正当性を認めることが重要である。その上で心理社会的要因を探りながらillnessesを作り出していき、パーソナライズされたプランを作成することが重要である。
パーソナライズされたプランの作成
- 対症療法や経過観察で改善しないMUSに苦しむ患者に対しては、よりパーソナライズされた治療プランを作成する必要がある。
- 以下の共通要素は医師が個々のカウンセリングと長期的な治療計画を策定するための枠組みを作成するのに役立つ[46]
- 患者が理解されたと感じられるようにする
- 身体的・心理的症状の歴史を聞き出し、病気や以前の治療に関する信念を評価し、指示された身体診察を実施し、患者の視点を理解し、医師が同意し検証できる患者の経験の部分を見つけることに重点を置く
- アジェンダを交渉する
- 苦痛を認識し、症状が「すべて気のせい」であると患者に決して伝えないこと
- 症状の評価に関するフィードバックを提供すること
- フィードバックに対する患者の反応や治療法の希望を明確にすること
- 行動を起こす
- 患者とともに説明を作成し、医学的検査や介入に対する具体的な要望を交渉し、身体症状や精神症状を適宜モニタリングし続け、ストレスへの対処、自己管理、ライフスタイルの変更、経過観察などの具体的な計画を立てる。
- 診察の終了
- フォローアップの予約があれば決定し、協力関係を継続することを強調し、症状が悪化したり新たな症状が現れたりした場合は、計画を再考することに同意する
- 患者が理解されたと感じられるようにする
まとめ
第1回目は、MUSとは何か?を述べた後に、MUS診療の旅の中における患者側の体験について述べた。
第2回目は、MUS診療における医療者の体験について述べた。
今回の第3回目は、具体的にどの様なMUSに対して対処戦略があるのか、4つのコンポーネントに基づいて概説した。問題構造を把握したうえで、適切なアプローチを組み合わせながら全人的な目線に移していき、パーソナライズされたケアプランを提案していくことが重要となる。
次回の第4回目では、MUS診療のために何を学ぶべきかについて考察する。
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