患者中心性を強化するknowledge work

何が問題か分からない患者さんのケア

高齢化に伴い、多くの患者が複数の慢性疾患を抱えていることから、慢性疾患の管理は現代の医療制度にとって最大の課題となっている 。この課題への対応として、患者が自分の話に耳を傾け、人として大切にされていると感じられるような、患者中心のケアへのアプローチが提案されているが、医療従事者が自分の話に耳を傾けてくれないという不満は根強く残っている。

こうした不満は、医療従事者が患者の自分自身に関する”専門的な”知識(ナレッジ)や好みを否定した際により報告されていることから、患者のナレッジをどう扱うか、つまりknowledge workが患者中心のケアにとって大事な要素かもしれない。

 

knowledge work
患者が患者自身にしか分からないナレッジ(病気の経過や過去の病いの体験など)を活用して、病気と向き合い生活していくために、あらたな知識や付加価値を想像する作業。

患者自身が自身の病いに対して専門家になりうるという認識や、患者の関与や意思決定の共有を促進するためのShared Dissison Makingなどの普及により、knowledge workを臨床現場に取り入れることへのコンセンサスが高まってきているが、実臨床に対して有効的に生かされているとは言い難い。医療従事者が患者のナレッジを軽視することは、人間中心のケアを阻害し、”認識論的不公正”を生み出す可能性がある。

 

 

認識論的不公正
人が知る者としての能力があるのにも関わらずに不当な扱いを受け、知識の受領や共有を不当に妨げられる状況

この認識論的不公正を是正するため、患者の視点に注目することが、人間中心のケアを進める上で最も重要である。本稿ではM.Dell’Olioらが患者中心性を強化するために、慢性疾患を持つ患者に対してインタビューを行い臨床現場におけるknowledge workを検証した論文を引用し、患者中心のケアに必要なknowledge workの3つの要素を提示し、実臨床への適用を考察したい。

 

 

▶︎参考文献
“Examining the knowledge work of person-centred care: Towards epistemic reciprocity”
Dell’Olio M, Whybrow P, Reeve J. Examining the knowledge work of person-centred care: Towards epistemic reciprocity. Patient Educ Couns. 2022 Nov 21;107:107575. doi: 10.1016/j.pec.2022.107575. PMID: 36442434.

臨床におけるknowledge work

臨床診察におけるknowledge workを分析すると、「幅広い探求」「反射的な傾聴」「相互探求」の3つの要素を用いながら、患者と医師が、疾病体験と治療計画に関する理解を共有し、互いの知識を活用し、交渉を行っていることが示唆された。
この3つの要素を例を用いながら解釈していく。

幅広い探求

患者と医師が患者の健康問題に関連して、幅広い探索を行い、識別することを指す。つまり、主訴や特定のデータに焦点を絞らずに、疲労感、活気のなさ、など漠然とした問題・複数の問題を患者と共に探索を進めていく事が重要である。患者と共に探索する事で、患者のknowledge workを促進し、患者自身の探索が深まる。

 

knowledge workの例
漠然とした息苦しさで来院したAさん。関連する健康問題を医師と共に探求する事で、複数の健康問題(睡眠、足首の腫れなど)を特定した。特定した健康問題を考慮して、さらに医師に質問する事で、更なる幅広く深い探索が促された。

反射的な傾聴

医師が患者の話を聞き、患者が自分自身の話を聞くことで、さらなる内省と気づきをもたらす瞬間を指す。患者は、医師に自身の事を話す中で”閃き “が生まれ、その”閃き “が”反射”して患者にも返ってくる。この小さな”閃き”が統合される事で、長期にわたる病状を前に進めるヒントを与えてくれる。こうした”閃き”は、診察の中で、GPが患者に話す時間を与えることで生まれる。

 

 

knowledge workの例
声が出にくい感じで来院したBさん。母親が脳梗塞で倒れた事があり、頭の中が心配でたまらなくなり受診した。GPは神経診察を通じて脳梗塞の可能性は低いことを伝ながら、患者の体験の語りを促した。症状の経過をGPに語り、振り返る中で、最近職場やプライベートなどのストレスが重なっている事に気がつき、「もしかしたらストレスなのかも」と思う様になった。ストレスに対処するため、上司に相談し、環境調整をしてもらい、自宅ではマインドフルネスに取り組む事で、徐々に声も出しやすくなっていった。
このような患者のknowledge workは、患者1人で行うよりも、医療者が適切な情報提供をしながら、傾聴する事でより促進される。何故なら、傾聴の瞬間は患者もまた、(自分にも医師にも)耳を傾け、また耳を傾けられるのである。

 

自分の状態を「考える」ために家に帰ったとき、「そこにいる」人が必要である。
この「幅広い探索」と「反射的リスニング」の2つの過程は、〇〇らが提唱したの帰納的採集を行う上で促されうるだろう。

相互探求

異なる専門知識を持った患者と医師が、相互理解に基づいた治療計画を構築するべく、それぞれの視点を統合を目指して共に働く瞬間を指す。

 

 

 

knowledge workの例
Cさんは必要ないと思っている薬を飲むのをやめようとGPと交渉していた。GPは彼女の要求をすぐには受け入れず、Cさんがその薬をやめる事ができる準備・条件を共有し、確認した。その中で、薬の服用をやめることで合意した。その後、バックアップの薬を提示し飲み方の計画を立てた。
「相互探求」に取り組むには患者と医師が互いの考えを双方向に理解し,異なる専門知識を柔軟に統合することが重要である。この例では、Cさんの訴えに理解を示した上で、bio medicalな側面から薬をやめるデメリットを説明した上で、その薬の服用を止める準備ができていることを考える機会を与ることで、双方向の理解を促進し、さらにバックアップの薬をいつ飲むかを決定するという、Cさんのknowledge workをサポートしながら”柔軟に”プランを計画する事ができた。

knowledge workで患者中心のケアを強化する

臨床におけるknowledge workにおいて重要な3つ要素、「幅広い探求」「反射的な傾聴」「相互探求」について解釈をしてきた。これらの要素は全て患者とGPが協働し行われる。その中で生まれる医師と患者の相互作用は、患者と医師、お互い専門知識におけるアンバランスの是正を促進する。つまり、認識的不公正を是正することに繋がり、これは患者中心のケアを強化しうる認識的互恵性に他ならない。

 

 

認識的互恵性
患者と医師の双方向の知識作業を通して、患者の経験や必要性に関する新しい知識の共同創造を促進する活動やプロセス。

これまで医師と患者の相互作用は、主に”聞き手の美徳“に重点が置かれてきた。しかし、認識的互恵性は、聞き手の美徳に焦点を当てるのではなく(問診のアート的要素だけでなく)患者との相互的な探求により、知識のアンバランスを是正する医師と患者の両方の認識的な努力に焦点を当ており、医師側は解釈能力やジェネラリストとしての能力(すなわち、知識の統合や複雑性の管理)を、患者側は医師のメッセージに対する患者の批判的評価が求められる。

 

患者と医師の双方向のknowledge workにより認識的不公正を是正し、患者の経験と必要性に関する新しい知識の共同創造を促進することが患者のケアを強化するだろう。

まとめ

▶患者のナレッジを軽視することは人間中心のケアを阻害し、”認識論的不公正”を生み出している。
▶knowledge workには、幅広い探究、反射的な傾聴、相互探求が重要な要素である
▶knowledge workは、認識的不公正を是正し、患者中心性を強化する可能性がある。

コメント

  1. […] 解釈的医療を実臨床に適用する-United Generalism Model-解釈的医療を臨床でどのように適用していくかについて.ジェネラリストの仕事を統合ケアと 解釈的医療 というジェネラリストの"2つの顔"から分析する.その後に解釈的医療をどのように適用していくかを考察する.family-mason.com2022.10.31 患者中心性を強化するknowledge work患者と医師の双方向のknowledge workにより認… […]

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